[2014年10月]の記事一覧

塩化亜鉛療法  別名Bスポット療法について

この本を 超お薦めします!

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慢性の上咽頭を治療すれば、リュウマチからアトピー、アレルギー性鼻炎、ぜんそく、扁桃腺炎、後鼻漏、てんかん、うつ、iga腎症、登校拒否児童など、もろもろの症状や病気に効果があるそうです。

医師が上咽頭に0.5%~1%の塩化亜鉛を擦過します。慢性の炎症があれば出血とひどい痛みが起こります。繰り返しの治療で痛みと出血が収まり、治癒していきます。ただ、上咽頭は絶えず外部から汚れた空気にさらされるので、再発しやすいようです。

 

この療法は古くからあり、費用もさほどかからないのですが、知らない医師が多く、治療が受けたくても受けにくい状況にあります。

 

 

上咽頭はこの当たりにあります。別名Bスポット(Bは鼻炎のビ)。

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生島さんのラジオで堀田先生の慢性上咽頭炎が取りあげられました。

上咽頭は、自律神経や免疫と深い関係に有り、気圧の変化に非常に影響を受けやすいそうです。気圧の変化によって慢性の上咽頭炎が悪化し、自律神経や免疫系に影響を与え、症状を悪化させると言うことです。天気の影響を受け易い人は、上咽頭に慢性の炎症があるのかも知れません。

 

 

 

実際どのように治療をするのか動画で見ていただきましょう。のどから入れて擦過している綿棒を、咽頭捲綿糸(イントウケンメンシ)と言います。

 

 

 

この治療法を世に出した故堀口申作氏の著書です。古書ですがAmazonで購入できます。

 

 

 

食べログを追加!

リプトンにて、

 

昔ながらのオムライスを注文。

新蕎麦

新蕎麦の看板に惹かれ、

 

 

のれんをくぐる。

 

 

なんて素敵な時間。

 

 

 

そういえば、

 

 

 

東京神田の老舗「藪蕎麦」がオープンしたそうです。

 

 

 

またあの、天ぷら蕎麦が食べられるのかと思うと・・・・

 

 

 

神田でセミナー開催されないかなー

 

「慢性上咽頭 塩化亜鉛療法」    ━━痛み

今年、5月になってものどの痛みが治らず夏頃まで絶不調が続きました。

 

 

どうしたものか悩んでいるところへ、

ある人から「上咽頭」に原因があるかもしれないと教えてもらい、

さっそくその治療法を行っている数少ない病院に行きました。

 

 

治療開始は、7月頭から。

鼻の奥にある上咽頭・アデノイド周辺に、塩化亜鉛をすり込む(擦過・サッカ)単純な治療法。専用の金属製の綿棒に薬液を含ませ、口からのどの上部を擦過します。

ここに慢性の炎症があれば激痛と出血が起こり、慢性の炎症があるかないか分かります。

 

 

見事に激痛と出血が起こりました。慢性の炎症があることを意味します。

 

・・・・・実は多くの人に、ここに慢性の炎症があるようです。

 

 

 

その夜、痛みが治まりはじめると、長引いたのどの痛みと悪寒がなくなっていました。

首痛も少し弱くなっていき、快方への兆しが充分に感じられます。

 

 

その後毎週通院し、この療法が自分に合っていると確信するようになりました。

金額も保険適応なら安く済みますが、珍しい治療のため、施術する病院が非常に少ない。

 

 

塩化亜鉛療法を行っている耳鼻科医をインターネットで探し出し、現在二カ所で治療を行っています。

 

 

左右の胸鎖乳突筋の痛みが少しずつ緩和してきているように思います。

 

長い年月がかかりましたから、治療も長引くものと覚悟しています。

 

 

 

 

ほかにもこの塩化亜鉛療法は、Iga腎症などにも絶大な効果を上げ、今話題の治療法なのです。

・・・・・いや、万病の原因が潜んでいるかもしれないようです。

近々詳しくご紹介しましょう!

三陸鉄道リアス線   <2014 旅の思い出> ②

東北の旅二日目の朝、青森屋の周辺にある広大な公園を散策しました。

 

 

 

池の散策を終える頃、のぼりを揚げたトラクターを発見!

彼は1人朝5時から準備をしていると言ってました。どうやらフロントスタッフのサトシさんらしい。

 

散歩のお客様に焼き芋と、ラジオ体操を勧めてくれました。

津軽弁のラジオ体操です!

 

 

 

その後、朝食会場の「のれそれ食堂」へ。

 

いよいよ二日目がはじまります。

 

バスで久慈駅に向かいます。ドラマでも登場したお座敷車両とレトロ車両。

まゆゆも乗ったレトロ車両!

 

 

震災後まもなく現地を訪れた友人は、

「ほとんどが流され瓦礫だらけだった。悲惨すぎてカメラを向けられなかった」と言います。

 

 

我々は、田老地区の役場で震災直後の大津波の説明を受けました。

 

 

この地区は、過去に巨大な津波で何度も被害を出してきた。一期目の日本最大防潮堤は今回しっかりと守ってくれた。

当初、住宅はこの日本最大の防潮堤の外には建てられないことになっていた。いつしか人口が増えて宅地が必要になり、防潮堤を別の所に増やし宅地を増やした。しかし二期目三期目の防潮堤は造りが弱かったので一瞬にして飲み込まれ被害を大きくした。

 

 

説明してくれる市の職員はいくども声をつまらせていました。強い使命で彼は教訓を活かしてもらおうとしているのです。時折彼は押さえきれない強い怒りを見せることがありました。

 

 

説明の後公開されていない津波の映像を見せてくれました。日常が一瞬にして波に飲み込まれていく。

高い防潮堤は、高いが故にかえって津波が迫っていることが見えない。

胸に迫るものがありました。地震大国の日本では、けっして忘れてはいけないのです。

私は復興の一助になるなら、東北へ来たかった。今回願いが叶った。

たくましく前に進んでほしい。いつまでも落ち込んでいてははじまらないのだから。

 

 

 

 

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と言うことで、レトロ車両に乗っているまゆゆの動画をお届けしましょう。

 

 

 

 

 

 

 

星野リゾート 青森屋    <2014旅の思い出> ①

この秋、ある招待旅行で東北へ行ってきたことを報告します。

 

 

 

1日目の宿泊は、あの「青森屋」でした。

とある勉強会で使用している星野佳路氏のテキストから、今回は星野リゾートの「青森屋」を選定していただいたのでしょう。破綻したホテルを建て直し続ける星野リゾートを、肌で感じて経営に役立てろ!という意味があります。

 

 

なかなか行ける状況ではないので、招待していただけたことに本当に感謝しています。

 

 

今まで以上の、深い繋がりを感じています。

 

 

 

 

 

小牧空港からFDA(鈴与グループ)に乗り、一路青森空港へ。

 

空港から八甲田ロープウェイへ。

ここは事前にDVDを取り寄せ映画「八甲田山」(高倉健・北大路欣也主演)を鑑賞しました。

山頂から眺める景色の中、八甲田雪中行軍の情景に思いを巡らしました。

 

 

 

 

予告編

 

 

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映画の中で歌われる「雪中行軍」♫

 

 

 

 

 

 

1日目の宿泊は「青森屋」、部屋はあずまし(心地よいの方言)。温泉は実に良い!

ドラッカーは言う。「組織の違いは、人の動きの違い」と。青森屋の人達は違って見えます。

「みちのく祭りや」での食事。その後先ほどまで給仕していたスタッフによる津軽三味線・祭りのお囃子などの演奏と踊りがはじまる。楽しく凜としたスタッフの立ち居振る舞いに「熱い思い」を感じました。

最後はみんなで、お囃子に合わせ青森ねぶたを踊りました。もちろん私も参加しました!

 

 

 

 

 

隣接する「じゃわめぐ広場」でお買い物。てきぱきと対応してくれる数名の女性。

広場で、スコップ三味線がはじまると、集まった大勢のお客さんも盛り上がる。

 

 

 

最後の演奏になって、

突然事務服の女性が1人駆け寄って来た。そしていきなり舞台真ん中で見事な踊りを披露しはじめる。

お客も、スタッフもハプニングに大爆笑だ!!。

彼女は踊り終わると一礼し、一目散に売店の持ち場まで走り去っていく。見事なほどみんなの注目をかっさらっていった!

 

 

 

 

その後記念撮影に答えるスタッフの対応もじつに良かった。

 

この一夜の感動こそが、多くのグループや家族客を呼び、星野リゾートの大成功事例として注目されている一つの理由なのであろう。

 

 

 

私はその夜、スタッフの熱い思いとすばらしい動きを振り返り、分析しつつ感動し続けていた。

 

 

お久Cーぶり

長らく更新できませんでした。

 

少しづつ復活します。

 

更新しなくなってから色々と情勢が変化しましたね!

 

 

 

 

朝日新聞の所謂「従軍慰安婦」記事訂正記事が、特に大きな出来事だったように感じます。

 

(社)日本青年会議所に出向して歴史教科書問題を取り上げたのは、今から14年前のこと。

 

とりわけ従軍慰安婦や南京大虐殺の教科書記述に異論を唱えた時は、上層部にはかなりインパクトがあったようです。上層部と言えばもちろん会頭を初め、ほとんど誰でも知っている有名な会社のご子息で構成されています。   私と違って・・・

 

 

 

 

「ここに書かれていることは、本当か?」

 

と発言があったと聞いてます。まさに動揺を引き起こした出来事だったのでしょう。

 

 

 

 

長年東京JCで活躍されている方に「こんな委員会は初めてだ!」と言わしめたほど。

 

 

 

14年たって、やはり本当だったんだと安堵されていることでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

「お久Cーぶり」は、大島優子さんのブログのまねでした。